暮れなずむ西にある里
〜または、彼が西日暮里へ行ったわけ〜


 世間一般では、スレイヤーズが終わると言う事で大騒ぎである。
 誰が何と言おうと、オンリーイベントが開かれるのどうのと言った話は。この時点では
あまり関係がないと言うより、全然関係がない。
「で、俺達は何をするんだ?」
 異なる次元にある以上、何がどうしようとも異なる次元から出る事など出来ないのであ
る。そう、限りなく近くにあろうとも、紙一筋以下の厚さであろうと、とうてい次元の壁
を超える事など出来ないのである……一部を除いて。
「要するに、スレイヤーズの第二回人気投票が終わって。その集計結果を大々的に公開す
るからって召喚されたわけよ、あたし達が」
 栗色の、見事な髪をした少女は複雑そうだ。
 周囲の雰囲気と「まったく」馴染んでいない様に見えるのは、
単純に彼女の服装がヒロ イックファンタジーにでも出て来そうな格好だからである。
「ふーん……」
 対して、長い金の髪を無造作に垂らしている。一見するとアメリカかヨーロッパ系の顔
立ちをしている青年の顔は、あまりにもあっさりとしたものではあるのだが……それには、
かなり単純な理由がある。
「あ、この顔はわかってませんよ。リナさん」
 ツッコミを入れたのは、にこにこと笑った黒髪おかっぱ頭。黒目の青年である。
「まあ、ガウリイだからね……」
 疲れたように、リナと呼ばれた少女が応えた。
「何を疲れてるんだか知らないけど、もーちょっと肩の力抜けよー♪」
「おまいが力抜きすぎなんじゃーっ!!」

 どがばきぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!

「流石! 見事な蹴りですね」
 嬉しそうに笑う黒髪のおかっぱ青年……彼の名はゼロスと言うが、拍手なんかしていた
りした。
「甘いわね、ゼロス!
 あれは『インバース・ロイヤル・クラッシュ』と言う名前がついてんのよ!」
 無意味に胸を張ったリナが、自慢気に語っていたりする。
「どのあたりがロイヤルで、どのあたりがクラッシュなんだ?」
「……リナさん、もうガウリイさん戻ってきてますけど。
 壁に穴開いてたりしてますけど、大丈夫ですかね?」
 ちょっと引きつってはいるが、それでもゼロスの顔は笑っている。
 まるで、笑顔のまま型を取った仮面でも貼り付けたかの様な感じすらある。
「……だから、ガウリイなんだからしょうがないでしょう?」
「はあ、まあ……そうですけど」
「照れるなあ」
 嬉しそうに笑うガウリイ―――とても、数秒前にリナに蹴り飛ばされたとは思えぬほど
の笑顔っぷりだったりするのだが。
「「誉めてない×2」」
 思わず、リナとゼロスが同時に否定していたりしたとしても。恐らくは仕方の無い事だ
といえるだろう。
「ロイヤルは、蹴りを入れる時に脚をひねる所で。クラッシュは、姉ーちゃんが自ら名づ けたあたりかしら?」
 それでも、きちんと質問には答えるあたり。リナの性格が几帳面……と言うわけではな
く、実際には現実から逃避したいだけなので勘違いしてはいけない。
「はあ……それは効きそうですねえ」
「受けたいならやってもいいわよ、ただし靴に魔法かけてよいなら」
「……遠慮します」
「遠慮しなくてもいーのよぉ?」
 少し目が据わっていながら、じりじりと近づいてくるリナに対して。
それでも一定の距 離を保つゼロス……いつもだったら、このあたりでなんだかんだ理由をつけたりするのだ が。
今回ばかりはそう行かないのを知ってる為か、リナも余裕がある様だ。
「あ! あれほどおとなしくしててくださいって言ったじゃないですか!
 誰ですか、壁に穴なんか開けちゃったの!」
 別に、誰も祈ったりはしなかったのだろうが。
 幸いと言うか不幸にもと言うか、救いの手は外部から現れた。
「そらだったら、リナが俺を蹴り飛ばした時に……」
「わーっ! 馬鹿っ!!
 言わなきゃわかんないのにっ!」
 ちゃんとしたドア……どこからどう見ても事務室にしか見えないドアだが、そこから顔
を覗かせたのは、確かこの部屋に案内した人である。
 ちなみに、室内にいた三人と違って。彼は部屋と違和感のない格好をしているが、それ
には少しばかりの理由があったりする。
「困りますよ、こんな事されちゃ!
 これから神坂先生の所に移動しなくちゃならないってのに、なんだって10分だけ僕が
席を外しててこうなんですか!」
「だって、ガウリイが!」
「問答無用!」
 見かけは普通の青年だが、奇妙なくらいの気迫のある青年でもある。
 目は血走っており、顔色もさほど良くは見えないのだが。散髪をしてきたらしく、髪型
だけはさっぱりした状態だ。
「ゼロスさんはここを直して、すぐに登別まで行って下さいね。
 下に、ちゃんと案内人を用意してありますから」
「なんで僕なんですかあ?」
 確かに、ゼロスの着ているずるずるとした神官服では。大工仕事に向いているとは言い
がたいだろう。
 もっとも、リナの服はもっと色々とごちゃごちゃしたアクセサリーがついているし。ガ
ウリイと言えば時代を間違えたのではないかと思うくらい、甲冑まで身に着けているのだ。
 幾ら、それが軽装鎧といわれるものだとは言っても。街中を歩いていたら、一発で警察
官に職務質問されるのは間違いない。
「ガウリイさんやリナさんだと、材料費がかかるからです!」
 きっぱり言った彼の言葉に、普段なら考えにくいのだが……ゼロスが呆けた。
「流石ね、『ヘンシュー』は言う事が一味違うわ……」
 ちょっと白くなったゼロスの横で、リナがうんうんとうなずいていたりする。
「でも、だからってリナさんもいいかげんにガウリイさん吹っ飛ばして壊すの止めてくだ
さいね。今度やったら、弁償してもらいますよ!」
「……は、はあい」
 にじり寄られて、至近距離の血走った目を見るというのも。
 それなりに……迫力があるのだろう。
「じゃ、リナさんはすぐに僕と大阪に行きますからね。支度して下さい」
「オオサカ?」
「はい、神坂先生がお待ちなんですよ」
 リナとガウリイ、そしてゼロスの三人は。言わずと知れたスレイヤーズの出演者である。
 今回、第二回人気投票集計結果が出たので……なんと、作品世界から召喚されたのであ
る。
 本当は他のメンバーも来ていたのだが、すでに所定の位置についている為に。ここ東京
は富士○書房本社には姿が見えなくなっていた。
 そして、これからゼロスは登別に。リナは主人公だからと言う理由で、大阪にある原作
者神坂氏の自宅へと行くのである。
「ちょっと待ってくれよ、俺はどうすればいいんだ?」
 ガウリイが言うのはもっともで、編集者はリナだけを大阪に連れて行くという風に聴こ
える。
「ええと、ガウリイさんは西日暮里で待機ですね」
「西日暮里?」
 東京の地理どころか、こちらの地理に疎いのだからガウリイが困るのは至極当然である。
 もっとも、それは何もガウリイに限ったことではなく。リナにも言える事ではあるが。
「大丈夫なの? こんなくらげ頭を一人で置いておいたら。絶対問題になるわよ?」
 もの凄い言い草だが、それを否定する人物は誰もいなかった。
 彼らが召喚されてから数日、編集者である彼はガウリイのくらげぶりが可愛く思えるく
らいの非日常に放り込まれたのだから。これが仕事でなかったら、とうの昔に「探さない
で下さい」と書置きをして逃げ出したいくらいである。
「それはそうなんですけど……神坂先生曰く『中継するのに、同じ所にいたら勿体ない』
って言われて。
 僕のせいじゃないですからね!」
 どう見ても編集者の方が年上に見えるが、リナの方が先天的に偉そうに見えるのか。そ
れとも、大事なイベントのゲストだと言う手前か。基本的に編集者の彼はリナ達―――主
にリナへ頭が上がらないようである。
「じゃあ、どうするのよ?」
「誰か、残ってるメンバーの方がいれば良いんですけど……」
「後、誰が残ってたんだっけ?」
「あと残ってるのは、上位とは言えないのに居残ってる盗賊の皆さんとか。端役の方ばか
りですねえ、ゼルガディスさんは見つかりませんでしたし。すでにアメリアさんも所定の
位置についていますし」
 とは言うものの、ここにこうしているのも問題と言う奴で。
 時間が迫ったゼロス―――律儀にも壁の修繕は終えたが。それが翌日によろけた上司に
よって再び穴が開くことは、この時点では問題にならないだろう。そして新幹線の時間が
あるリナは、仕方が無いので先に出かけることになった。
「言われてもなあ……」
 一人で途方にくれたのは、取り残されたガウリイである。
 いつもならば、リナが行き先も泊まり先もメニューも考えてくれるので問題ないのだが。
こうして一人で取り残されてしまうと、流石に不安が……。
「あら、ガウリイ様」
「シルフィールじゃないか、どうしたんだ?」
 この男に「不安」の二文字は存在していないらしい。
 とりあえず、今。この時には。
「わたくし、何かお手伝い出来る事があるかと思いまして……。
 幸な事ですが、わたくしの配置場所は歩いて行ける距離ですから」
 なぜか知らないが、スレイヤーズのあとがきコーナーで始まった「人気投票」の結果発
表をするにあたって。実は数多くのキャラクター達が読者と原作者の世界に来ていたりし
たのだが、細かく紹介されなかっただけであって当然あらいずみ氏の仕事場にもアニメの
製作現場にも配置されていたのは、今だから言う事である。
「俺、これから「ニシニッポリ」って所に行かないといけないらしいんだけど。誰かスタ
ッフの人っているかなあ?」
「さあ……わたくし、皆さんにお茶をいれて差し上げようと思いまして。
 ガウリイ様もご一緒にいかがですか?」
「シルフィールのお茶かあ、久しぶりだなあ」
 長い黒髪をした巫女の頬が、ほんのりと赤くなったのに。
 果たしてガウリイが気づいたかどうか、それはシルフィールに確認するつもりはなかっ
た。
 かつて、淡い恋心を抱いた事もある。
 だが、ガウリイの隣にはすでにあるべき存在があるのだ。それを自覚してしまった時点
で、シルフィールは隣に並ぶことは諦めたけれど……こうして嬉しそうに言われて、例え
その気のない相手でも嬉しくないと言ったら嘘になる。
「また、あちらの世界に戻って。サイラーグへお越しの際はお入れしますわ。
 今度は、リナさんと二人分を」
「ああ、頼むな。
 でも……大丈夫かなあ? リナ……途中で暴れてなきゃいいけど……」
 リナ達が召喚された東京から大阪までは、今では飛行機と新幹線ならばどちらも大差な
いくらいの料金で行き来することが出来る。
 だが、実は今回リナが新幹線で行くことになったのには理由が二つある。
 一つは、リナ達召喚された者たちの荷物には金属が使われてており。それがどうしても
飛行機の時には金属探知機にひっかかってしまうし、バレたら今度は警察を呼ばれても文
句は言えない。
 もう一つは、移動途中で暴れられても死人を出さないためである……。
「大丈夫ですよ、リナさんは頭の良い方ですもの」
「あ、見つけましたよガウリイさん!
 西日暮里まで案内するように言われたんで探してたのに、部屋にいないんですから!」
 どうやら、さっきの編集者が別の誰かに案内を頼んでいたらしい。
「すまん」
「すまんじゃ済みませんて……着替えてもらいますから、これ着て下さいね。
 多分、サイズ合うと思いますけど……ガウリイさん良い体してるから探すの大変でした
よ」
 愚痴を言ったつもりはないのだろうが、すでに愚痴になっているあたり。目の前にいる
編集者も大変だったらしく、少し息が上がっている。
「すまん」
「あ……済みません。ホントは、その格好のままで出られると良いんですけどね。
 ヒーローショーと間違われても困りますから……」
 迎えに行くから、部屋で待つように言ってから。その編集者は姿を消した。
 車を回してくるからだと言ったのだが、ガウリイにもシルフィールにもいまいち「車」
が何なのか判らなかった様だ。
「大変なんだなあ、この世界の人たちって……」
 少しばかり間違った認識をしてるような、間違っていない様な難しい所ではある。
「じゃあ、俺は行くから」
「はい、気をつけてくださいね。ガウリイ様」
 ガウリイの姿を見送ることなく、シルフィールは姿を消す。
 その胸の奥で、もう痛みが痛みと思わない事を嬉しく思いながら。


◇◆◇

「ガウリイさん、大丈夫ですか?」
「おかしなもんだなあ、馬も牛も引かないってのも……」
 編集者が戻ってきてから、タクシーに乗り込むというので本社から連れ出される。
 案の定、タクシーに乗り込むときになって頭をぶつけたのは愛嬌というものだろう。
 運転手が好奇の目でちらちらと見るが、それよりも当のガウリイとしては色々と見知ら
ぬものへと感心があるのだろう。
「ここからすぐですから、大丈夫だとは思いますが……車酔いとかって大丈夫ですか?」
「車酔い? ああ……体だけは丈夫だってリナが言うからなあ♪」
 微妙に違う受け答えだが、それに突っ込みを入れられる人物は存在しなかった。
「場所はここで、すでにセッティングは完了してますから待って貰うことになりますけど」
 地図を広げながら、自分の方がすでに今にも……と言う状況にも関わらず。編集者は説
明を続けているが、ガウリイの方と言えば本人が言うだけあって平然としたものである。
「それより、リナ達はいつ帰って来るんだ?
 このままだと、その「ちゅーけー」とかってのに間に合わないんじゃないのか?」
 編集者は……絶句した。
 事前に、リナから最初の編集者経由で「どうせガウリイは「中継」が何かもわかってな
いだろうと思うけど。あんまし気にしない方がいいわよ、胃に穴が開くから」といわれて
いなかったら、延々とガウリイに説明をすると言う無断努力をしていたかも知れない。
「いや……大丈夫ですよ、リナさん達なら」
「大丈夫かなあ……」
 窓の外に視線を向けて、心から心配そうにしているガウリイの姿は。
モデルだと言われ ても納得するくらい絵になるのだが……大丈夫じゃないのは、ガウリイのお供に任命され
た編集者の方である。
 今更ながら、「中継」が何なのか理解しているリナ達の方がよほどマシだったのではない
かと思っていたりするのだが……後悔役立たずである。
「お客さん、つきましたよ」
 運転手の台詞と供にドアが開いて、自然とガウリイがタクシーから降り立つ……。
 今度は、頭をぶつけなかったようだ。
「大丈夫かあ?」
 真っ青な顔をした編集者を気遣う姿は、それでも絵になってしまうので罪深いかも知れ
ない。
 道行く通り過ぎる視線を一人でくぎ付けにしていると言うのに。まったくもって動揺し
た様子がないのだから、それはそれで素晴らしいものだと言えるだろう。
「なあ、リナ達まだ来てないみたいだけど……どっかで道に迷ってるんじゃ?」
「大丈夫ですって……じゃあ、ちょっと待ってて下さいよ?
 今、リナさんと連絡取りますから」
 揺れなくなった為に少しは回復した様だが、まだ顔色が悪い編集者が携帯電話を取り出
して電話をする。
「あ、済みません。僕です……はい、ガウリイさんがどうしてもリナさんを心配だと……。
 はい、はい。済みませんけど、少しだけ出してもらえませんか?
 ……じゃ、今から替わります」
 言いながら、編集者が携帯電話をガウリイに手渡す。
「今からリナさんが電話に出ますから、こっちを耳にあててくださいね」
 親切な編集は、ガウリイに電話を手渡すとガードレールによりかかった。
 どうやら、なんだかんだ言って限界だったのだろう。
 これから大荷物を抱えて中継場所まで行かないといけないと言うのに、この短時間で一
気に消耗して可哀想な限り出る。
「リナ? 今どこにいるんだ?
 え? 駅? 動くな? 動くなって言われても……判った。ヘンシューの言う事を聴い
て、ここから動いたら駄目なんだな?」
 こう言うと問題かも知れないが、ガウリイの表情はとてつもなく明るかった。
 幸せいっぱい、これでも一杯と言うくらいだ。
 今ならば、恐らく高位間族の10や20は軽く滅ぼす事が出来るだろうと言うくらいに
は。
「じゃ、もういいですかガウリイさん?」
「おう!」
 すっかり元気になった編集者とガウリイの間で、また「リナがここから動くなって言っ
たんだ」から始まって中継場所まで行くのに迷子になったりと、実は二転三転する問題が
あったりするのだが……。
「ふーん」
 なんとか結果発表に間に合ったガウリイのコメントがこれだったりしたら。
 とりあえず、編集者は浮かばれないかも知れない。

 その翌日には、スレイヤーズキャラクター達へ無事にもとの世界へ召還され。
 ガウリイ以外の担当者達もまとめて「探さないで下さい」と書置きを残して姿を消した
のだが……。
 それは、また別の話である。

「なあ、リナ」
「何よ?」
 元の世界に戻って、それぞれのあるべき所―――ある者は城の執務室へ、またある者は
帰ることもままならずに飛び回り。そして、いつもの二人は旅の途中で。
「お前さん、俺が側にいなかったからって無茶な事なんてしてないだろうな?」
「ぎくっ!」
「ぎくって……お前。
 西の方に向かって、俺がどれだけ心配したか!」
「や、やーねえ。あたしがンなことするわけじゃないよ。
 それより! アンタこそ勝手にいなくなって迷子になったり、女の人にさらわれたり、
散々飲み食いしたあげくにヘンシューに全部支払いさせたりしなかったでしょうね?
 アンタの恥は、あたしの恥でもあるんですからね!」

 それがどこまで事実だったのか、それも別の話……だろう。





注:この話は、あくまでガブリエルさんの誕生日祝いとしてつづったものであって。
  現実に富○見書房へ連絡して皆さんが「は?」といわれても、筆者は責任を取らない
事をここに誓います(笑