創造する剣


ねえ、なんでアンタは剣士なの?
突然尋ねてきたのは、なんで今も一緒にいるのか説明が出来ないくらい一緒にいる旅の相棒。
世間的には良いウワサなんて一個もないのに、なんで一緒にいるの?
そう聴かれて、あっさり答えられるくらいならば。
返って、その方が一緒にいる理由になんてならない。
などと、とうの旅の相棒である所の彼。
一見すると美形の剣士、相棒に言わせれば「脳味噌くらげ」のガウリイ=ガブリエフが
考えているかどうかは、かなり不明である。
「なんでって言われてもなあ……?」
何の脈略もなかった、と思う。
いつもの様に宿屋で起きて、いつもの様に朝食のバトルを繰り広げて。
いつもの様にお弁当を持って旅を始めたから、いつもの様に途中でお弁当を食べ始めた……。
ただ、それだけの事。
それだけの事だった筈、なのだ。
「生まれたときから剣を持ってたんでしょ?」
 何しろ、彼は伝説に詠われる「光の剣」
―――現在は本来の持ち主に返却済みだが、その家系に生まれたのである。
 恐らくは、彼の故郷でかなりの地位に格付けされた家だろう。
「そう言うわけじゃないけど……」
ガウリイは、かなり戸惑った様子で言葉を紡ぐ。
空はお天気で、青くて白い雲が流れている。
 少し乾いた風が心地よく、これでお腹がいっぱいになればお昼寝には最適である。
「だったら、何で剣士やってたわけ?」
 確かに、そうだと言ってしまえばそうかも知れない。
 旅の相棒にして、どこでやってるんだか判らない「友達になりたくない奴ランキング」の1位をキープしてると言う、
女魔道士リナ=インバース……。
 彼女の実家は、郷里では有名な商家である。
 そう言う意味では、リナの言い分も確かだろう。
ただし、リナの姉は知る人ぞ知る「赤の竜神の騎士」と呼ばれるウェイトレスなのだが。
「なんでだろーなー?」
「ま、アンタの取り柄なんて体力だけだからねぇ♪」
「おい……」
 長年と言えば長年だが、共に旅してきた相棒が言ったセリフに。
流石に温厚で知られたガウリイ の顔が、ジト目になったりする。
「あはは、でも褒めてんのよ」
 普段に比べれば、確かにそうかも知れない。
「そうは聞こえないけどなあ」
「な、なんでじりじり近寄ってくんのよ……あたしのお弁当なんだからね。あげないわよ!」
 すかさずお弁当を隠し、とりあえず極力ガウリイから逃れようとしているのだが。
 その姿は、どう見ても毛を逆撫でた子猫の様にしか見えない。
 何も知らない者が見れば、10人中10人が可愛いと錯覚してしまうことだろう。
その実、一皮 剥けば悪人達が裸足で逃げ出す「盗賊殺し」なのだから。
 本当に、人は外見で判断など出来ない。
 最も、それはガウリイにも言える事なのだが……。
「お前なあ、いつも言ってるけど。あんまり人と世間を舐めると、後が怖いぞ?」
「ふん、ガウリイ如きが何言った所で怖くなんかないんだから!」
 お弁当を後ろ片手で支えながら、あっかんべーまでしているのだが。
 とうのガウリイは、ジト目のままでじりじりと近付くのは止まらない。
 二人が座っているのは、風通しの良い森と草原の境界線。
「ほう?」
 人どころか動物さえ近くにいる気配はなく、リナの頭の中では一瞬にして
「この場に適した魔法 はどれか?」のセレクトが終わり。
ついでに、ガウリイには聞こえるか聞こえないかくらいの大き さで呟いていたりする。
「リナ……」
 リナちゃん、ぴんち。
 頭のどこかから聞こえてくる声に、リナはどう対応するべきか非常に困るのだが。
「火炎球!」
「おっと!」
 放たれた炎の球体が、狙い違えずにガウリイへと差し迫る……が。
普通ならば決して避けられな い筈のその一撃を、ガウリイは難なくとかわし。
「ガウリイ!」
「よっと……サンキュウ、リナ」
 引き抜かれた刃は、すらりとした白銀。
 太陽の光を浴びて、剣は月の様な光を紡ぎ出す。
「塵化滅!」
 爆炎をまき散らし、もうもうたる煙が舞い上がり。
 その中から、炎の熱さにひるみながらも踏み越えて現れる下級のデーモン達……。
 一つ、また一つと消されて行く魔族。
「1,2,3!」
「とりゃぁぁぁぁぁっ!」
 舞いでも躍るかの様な優雅さで、リナが片手の数で余るほどの敵を倒した頃には。
「これで、最後だ!」
 見事な切れ味を余韻に残し、デーモンが自らが斬られた事すら思い出せぬ様な不思議な顔をして いた
……ように見えたのかも知れない。
「やぁーっぱり、出るわね……」
 うんざりした様子のリナに、ガウリイもまったくだと言う顔をする。
「腹ごなしにはちょうど良くてもなあ……参るよな」
 以前あった「ちょっとした出来事」の為、各地ではデーモンの大量発生と言うのが今でも起きて いる。
 流石に、かなり数は減ってきたとは言え。
普通の旅人達にはかなりの驚異だろう、リナ達は誰に 依頼されたわけでもないが。
デーモンが出る事は昨夜の宿屋で聴いていたので、お弁当を食べなが ら待つくらいの気持ちでいたのだ。
「おかげで、また腹が減った……」
「んじゃ、あたしはお昼の続きでも……」
「俺にもくれ」
「やーよー……って!  あたしの御飯……」
 泣きそうな顔をするリナと、疲れ切った顔のガウリイが見たのは。
 見事に、倒れたデーモンの下敷きになったリナ達の荷物。だった。



腹が減っては戦は出来ぬ、などと。
 一体どこの誰が言ったのかは判らないが、生きるために食事をするのは当然必要な出来事なわけ で。
「おっさかなさん、おっさかなさん♪」
 楽しそうな顔をしつつ、簡易釣り竿なんて河に垂らしているリナとは対照的に。
「なあ、なんで俺の髪でやるんだ? ハゲたらどうするんだよ?」
 いぢめられた近所の坊主みたいな顔をしてるのは、勿論ガウリイである。
「だって、アンタの髪の方がヒット率高いんだもん」
 釣りをする時に使う、リナのオリジナル魔法を使えばどちらでも意味はないと思うのだが。
 リナは、どうやら最近の釣り時にガウリイの髪を使って釣り糸にする事にしているらしく
……ガ ウリイの髪が、どれだけ減ったのかは定かではない。
「言っておくけど、あたしハゲとかデブとかになったガウリイなんて捨ててやるからね〜♪」
「おーい……」
 森の中には、河が走っているものらしく。
お腹を空かせた二人がする事と言えば、狩りくらいし かないのは主流だからと言えるだろう。
 森の動物達を狩っても良いが、森を熟知など欠片もしていないのだから。
効率が悪い事この上な いのだ、食べられる草にしても限りがある。
「なーに言ってるかなあ?」
 ぎろりんとリナの目が光ったのは……果たして、ガウリイの気のせいなのだろうか?
「あたしの食べかけのお昼御飯。
誰の斬ったデーモンのせいでツブされて血塗れで、残りが食べら れなくなったと思ってるわけぇ?
 そこの体力だけが取り柄のガウリイ=ガブリエフちゃ〜ん?」
「う……俺、です」
「だったらぁ、髪の毛の一本や二本。けちけちすんじゃないわよ!」
 ごもっともである。
 ガウリイと違って自他共に認めるグルメ―――おまけに大食漢であるリナが、お弁当半分。
それ でも、普通の人の3人前はあったが―――で我慢出来るわけはないのである。
 ちなみに、ガウリイはとっとと食べ終わっていたのは言うまでもない。
「リナちゃん、冷たい……」
「聞こえてるんだけどなあ……」
 リナの見えない位置で、どこから取り出したのか白いハンカチなど噛みしめつつ。
なんとなく「実 録!嫁vs姑。勝つのはどっちだ!?」
みたいな気持ちになったガウリイの真理など、本人以外の 誰にも推し量る事など出来ないのである。
 それはそれとして、とりあえず真面目モードに戻ったガウリイは近くで薪に使える小枝などを探 し。
ついでに火起こしなどをしているのだったが、
実は川に向かっていたリナの顔がにやけていた のは、ガウリイには判らない事だったりした。


「アンタって、何がしたくて旅をしてるわけ?」
 一体何が言いたいのか、リナが突然言い出した。
 魚を取り尽くしたのではないかと思うくらい、かなりの山に積み上げられた魚達。
 付近の生態系を狂わすのではないか?
 などとガウリイは考えないし、リナは考えている筈なの で大丈夫だろう。恐らくは。
「はぁ?」
 魚を猫よろしくくわえたまま、次の焼き魚に手をのばそうとしていた。その矢先の事である。
 話をしながらの食事……と言うよりは、お食事バトルの最中に出てくるセリフにしては。
はっき り言って脈略の「み」の字もない。
「あたしは、何度か言ったけど姉―ちゃんが『世界を見てこい』って言ったから家を出た。
 何回か帰った事もあるけど、もう暫く帰るつもりはないわね」
 火を囲んでいる……昼間だが、郷愁を誘われているのだろうか?
 帰りたい?
 これから向かっているから? それとも、これから向かっているのにと言うべきなのだろうか?
「魔道士になったのは、まあ……面白かったからってのと。対抗する手段が欲しかったからっての は、確かよね」
 苦笑する横顔を見る限り、いつもと変わった様子はない。
「魔道士になって何が今はしたいかって言ったら、とりあえず魔道を極めたいってのは。
一度は魔 道士を目指した人なら誰でも思う事なのよ。
 でも、でもね……」
「今はまだ、そうしたくない?」
 ぎくりと言うのか、それとも何かに怯えたかの様な顔でリナが見る。
「まだ、何も決めたくないんだろう? リナは」
「……うん」
 暗くなく、聞こえてくるのはそよぐ風に揺れる草の音。
 どこかでは、遠くに鳥の声が聞こえてくる。
 世界中に二人だけ、そんな錯覚を憶えるシチュエーションは。残念ながら、ここにはない。
「剣士を目指さなかったのはね」
 少しだけ嬉しそうに、リナが口を開く。
 食べていた手は止まっている、普段からは考えられない事だ。
「体格とかの問題もあるわ、体力も力も男には叶わない。今だって、ガウリイにすら勝てない」
 しかし、ガウリイに勝てるようになってしまえば。人類である事を放棄するも同然である。
 言っては何だが。
「そりゃあ、なあ……。  リナが、俺に力で勝てるようになったら……なんかうなされそうだな」
 一体何を考えているのか、正直な所を言えばその方が怖いリナだったが。
とりあえず、聴かなか った事にしたらしかった。
「でも、代わりにスピードとか手先が器用じゃないか?」
「そうは言うけど、ガウリイみたいな傭兵になるんだったら。持久力も力もなきゃダメでしょ?」
「傭兵に、なりたかったのか?」
 魔道士の傭兵も、もちろんいる事はいる。
 暗殺者を生業にしている者の中にも、魔法が使える者とてある。
「ちょっと違うけど……あたしね、本を書きたいの」
「本?」
 また、突拍子もない事が出てきたものである。
「あたしの生きてきた記録……まあ、半生を描いた本て奴かしら?」
「反省? お前が?」
「なんか……意味が違う様な気がする」
 再度、魚にぱくつきながらリナが呟く。
 慌てて、ガウリイも少し焦げた魚を手に取る。
「あたしがね、あたしの目と耳で得た世界を本に残すの。
 これまで、あたしが頼りにした文献の中にはまがい物とかも結構あったわ。
だから、あたしは誰 が読んでも役に立つ本を世に残したいのよ。
 そうすれば、例えあたし達がいなくなるくらい遠い時代になっても。
その本があたしを生かして くれるでしょう?」
 かつて、魔族は力ある魔道士達と契約を結んだ。
 今も、希に契約を結ぶ魔道士はいると言う。
実際に、リナもガウリイもその魔道士と戦った事も ある。
 契約―――「不死の契約」
 人類が体内に持つ命を、魔族が管理すると言うものである。
 それによって、契約をした人類は魔族が死ぬか。
もしくは、魔族が管理する人類の命……「契約 の石」と呼ばれるものを破壊すれば倒す事が出来る。
「リナも、永遠に生きたいのか?
 それにしちゃあ、何か方向性が違う様な気がするが……」
 かつて、リナも魔族から不死の契約を持ち出された事がある。しかし、リナはそれを断った。
 リナにとって、不老不死が魅力的に映らない筈はない。
けれど、それは誰かによってもたらされ るものではないし。
死を恐れる代わりに、人は何かを持っている筈だと。
「永遠に生きるってのは、意味としては色々とあると思うのよ。
 魔法は、昔はなんでも出来ると思ってた。
目に映る全部が、あたしの魔法の一振りで変える事が 出来る、
思い通りにならない事なんて何一つない、そう思った」
 何時の間にやら、魚の山は綺麗に骨を残して消え去っていた。
 お昼にしては遅い時間になってきたが、隣の町まで道のりは遠くない。
 急がなければならない、理由はどこにもない。
「確かに、リナの通った後は……いや、なんでもない!」
 のんびりしても誰も咎めないが、だからと言っていちいち魔法で吹っ飛ばされる趣味はガウリイ にもないらしい。
「でも、魔法だけじゃ何も出来ない」
 言葉は、重かった。
 人が魔族に対抗できる力ではあるけれど、それにも限度がある。
 魔族に勝ちたいとは思うけれど、だからと言って人間を辞めては本末転倒と言う事だろう。
 けれど、人は永遠に生きる事が出来る。
「そりゃあそうかも知れないけど……」
 本当の力は、案外そこいらに転がっているものだ。
 ガウリイの様な腕力も、リナの様な魔法力も、
仮に誰よりも強くなったとしても。それだけで済 んでしまう事などあり得ないのだから。
「剣はさ、剣なんだよな」
 誰でも「お母さん」には勝てない。
「は?」
 自分自身を産んでくれたからと言うのもあるけれど、本能とでも呼ぶべき不可思議な力によって。
抵抗する気力が失われてしまう、と言うのが正しいのだろう。
「どう言った所で、俺はこれまで人殺しだった。そりゃあ、便利屋みたいな事をして小銭を稼いだ りもしたさ。
 でも、どんな理由があっても俺は人を殺した。それだけは確かだ」
「……そうね」
 なぜ勝てないのか、それを知ってる人は少ない。
 いや、知ろうとする気力を持っていないのだろう。
誰かが言った様に、世の中には「知ろうとし てはいけない、知ってはならない事がある」と言うものなのだろう。
「ま、その点について。あたしが何か言えた義理じゃないとは思うけどね……」
「剣は人を殺す道具だと思ってたんだ、いつだったか忘れたけど」  リナは、答えない。
 相づちもうたず、じっとしたまま。
「でも、そんな事ないんだって判った時があった。だから、俺は剣士になった気がする」
「……もしかして、ずっと答え探してたわけ?」
「だって、聴きたがってただろ?」
 真剣に考えてくれていたのだと思えば「アンタにしては上出来ね」くらい
言いたくなりたい様な 気がするのだが、延々考えていたのかと思うと。
気分は幼児の保護者で、これでは立場が逆どころ か何か問題な気がするのは。
 恐らく、リナの気のせいではないだろう。
「違うって言ったら嘘だけど……。
 で、剣は他に何が出来るんですか? ガウリイくん。
 あんましおバカな質問したら、問答無用で吹っ飛ばしますよ」
 リナにしたら「どうせガウリイの事だから、木が切れるとか動物が切れるとか言いそうだ」くら い予測していたのだが。
「うん、リナを守れるから」
 さらりと言われた台詞に対して、リナはたっぷり数分を要して固まっていた。
 その間、固まっていたリナはもとより。ガウリイも固まったかの様に、微動だにしていなかった。
「……は?」
 目が丸くなるより、顔が赤くなるより、まず全身が硬直していた。
 もちろん、頭の中も凍り付いて動きはしない。
 時々、もしかしたらリナ自身でも着いていっていないのかもしれないと思う回転率の良さも。
リ ナ以外の誰かがついて来る事は希だと認識するほどだと言うのに、
ぴたりと止まっていると感じる のは。なけなしの冷静な部分なのか、
それとも実は回転率が止まったと勘違いしているのかのどち らかなのかも知れない……。
「傭兵が特定の誰かと旅をするってのは、難しいんだ」
 リナも経験した事だが、傭兵だからと言って何も戦闘だけしていれば良いと言うわけでもない。
 中には、旅から旅をしている間に事故や盗賊に会って命を落とすことも少なくないし。
戦争や暗 殺専門の奴らならば、どこで誰に不意打ちを食らうか判ったものではないのだ。
 現に、リナも盗賊や魔族を相手に町中ですら視線をくぐり抜けた事があるのだ。
 そう言う意味では、リナとガウリイの二人旅は異例とも言える。
「理由とか事情は色々あるけど、その時の問題なんて解決出来なかった事の方がよっぽど多いと思 う。
 でも、リナと一緒の旅では誰かを傷つける以外の使い方が出来たんだ」
「……な、何をこっぱずかしいこと……言ってる、か……な……」
 語尾が思わず小さくなって行くのだが、ガウリイは視線を正面に向けたままリナの方を見てはい ない。
見てはいないのだが、声とか雰囲気とかでリナがどんな顔をしているかくらいは、もろバレ だろう。
「リナは、自分が見て聴いて知ったものを本にしたら。それがリナにとっての「ずっと生きる」っ て事なんだろう?」
「うーん……そう、なのかな?」
 リナが言ったことの筈なのではあるが、
ガウリイが言うと別物に聞こえてしまうのはなぜなのだ ろう?
 言っている事が同じで、正しくて、リナの言葉を繰り返しているのは確かで。
「だから、俺は剣でずっと生きていきたい」
「そりゃあ、確かにアンタの剣は切れ味抜群だし。
今でも伝説級なんだから、あと1000年くら いは伝えることくらい出来るんじゃない?
 もしくは、アンタの剣技だって最高のものだわ。それを伝えたいとか?」
 場合によっては、剣は量産型が生まれないとも限らない。
 ガウリイの剣技だって、もしかしたら生きてる間に伝えられないとは限らない。
 最悪、それをリナが書物に残しても良いと思ってる。
「いいや、そう言う事じゃない」
 リナ本人は認めたがらないかも知れないが、リナが持ってるガウリイへの感情は特別と言えば特 別だが。
特別ではないと言えば、まったく特別ではないのだ。
 それを『好意』と言う。
 側にいて当たり前で、決して切り離す事など出来ないもの。
 一転すれば、全身全霊を持って排除したくなるもの。
「リナが生きていれば、いつか本は完成する。
リナの本の中に一言でも俺がいたら、どんな形でで も誰かが憶えていたら、
それは俺の「ずっと生きる事」になるんじゃないか?
 そうしたら、俺は剣で壊したり殺したりするだけじゃなくて。
何かを創れるんじゃないかって」
 やっと、ガウリイがリナを見た。
 いつもの様でいて、どこかいつもと違う笑み。
 最近、ガウリイはこんな笑みをリナに見せるようになった。
同じ旅をして、もう何年にもなると 言うのに。始めて見たのは、いつの頃だっただろうか?
「……なんか、難しいわね?」
「そうか?」
「うん……でも」
 ガウリイの表情が悲しい気がして、ガウリイの視線から逃れたくて?
 リナは、視線を上へと向ける。
 差し込む木漏れ日は河に反射して、きらきらとした輝きをあたりに振りまく。
「ガウリイが」
 すでにくすぶって、炎は姿を消している。
 炎は、全てを燃やし尽くす破壊の力。リナの好む火炎系の魔法と同じ。
 けれど、その力は時として食事と姿を変えさせてくれる。
「俺が?」
 じっと見つめられるのは、リナにとっては苦痛ではないが楽しい事ではない。
 なんだか判らないが、落ち着かない気がしてならないのだ。
けれど、それも最近では少しだけ…
…ほんの少しだけ判った様な気がした。
「少なくとも、あたしが生きてなかったら。ガウリイはそれを叶えられないわけよね?」
「そーだな」
 落ち着かないリナを見て、いっそ楽しそうにすら見えるが。
とうのリナは落ち着かなくて、それ どころではない。
「じゃあ、あたしが死ぬまでアンタも死ねない訳よね……?」
「そうだな」
「だったら、あたしを大事にしないと本には書いてあげないわよ!」
 何かを思いついたのか、リナの顔が喜色満面となる。
 こう言うときのリナの顔は、大抵……ろくでもない事を考えていたりするのだが。
「……そうだな」
 内心、ガウリイは冷や汗が流れていたりするのだが……。
「もちろん、次の町についたらガウリイの全面おごりよね♪」
「おい……」
 判っていた、判っていた事なのだが。
 こういう事態になるかも知れないと言う事くらい、判っていた筈なのだが。
 一縷の望みを託してしまいたくなったとしても、誰も責める事など出来ないだろう。
ガウリイが 男で、保護者を自称している限りは。
「これから、あたしの本を書く為の資金になるんだから。盗賊いじめだって……」
「ダメだ!」
 両手をくんで、ぶりっこ乙女のポーズをしながら目をきらきらとさせた所で。
 当然、ガウリイには効かないのである。
「なんでよー!」
 煙すら姿を消して、ガウリイが側の土をかぶせて。
 時間がたてば、そこに炎があった事など誰も気付なかいだろう。
「ほら、そろそろ行かないと次の町が遅くなるぞ。
 メシくらいならおごってやるから……行こうぜ」
 そこで魚を釣って、楽しく食事をして、会話をして。
 次の場所を旅立った事など、誰も。
「……アンタ、熱でもあんの?」
 けれど、憶えている者もある。
 そこで食事をして、会話をして、次の町へと旅立った本人と。
「そー見えるか?」
「見える」
「すぐ答えるかあ、普通?」
 大地が、森が、河が。
「そう言う事いうなら、おごってやらんぞ」
「ああっ! 男が一度言った事を取り消すなんて、かっこわるいぞ!
 しつこい男と軽い男はモテないんだぞ!」
 永遠ではないけれど、姿も形も変えた永遠になるかも知れない。
 名前すら世界には残らないかも知れないし、伝説になるかも知れない。
 今はまだ、誰も知らない未来の記憶。
「別に俺はいいぞ、リナ以外にモテなくても」
 素知らぬ顔をしたガウリイが、その後どうなったのか。
 それも、誰も知らない未来の記憶。




終り